南三陸町 医療支援ボランティアに参加

4月16日~24日のスケジュールで、今回の大震災の被害が大きかった宮城県の南三陸町に行ってきました。

この活動は個人で参加するボランティア活動ではなく、僕自身が所属する日本山岳ガイド協会が行っている活動への参加です。
HuMA(NPO法人災害人道医療支援会)が行う医療活動を、ガイド協会のメンバーがバックアップするお仕事です。
どちらかというと、私自身が直接被災された方に何かをする訳ではなく、支援されている方々の活動を支援する、という活動です。

南三陸町は報道もよくされているので、ご存知の方も多いと思います。
町の被害は甚大で、とても表現できるものではありませんでした。

東北道から三陸道経由で志津川に入りました。
志津川に入る手前に橋があり、何故かモアイ像が立っています。
そのモアイ像を過ぎると、何の前触れもなく景色が一変します。海までまだまだ遠く離れている場所なのに、いきなり見渡す限りの瓦礫の光景が広がっていました。
言葉を失いました。
何度も映像を見ていましたが、その光景は想像をはるかに上回るものでした。

到着した南三陸町のベイサイドアリーナ。
ここには町役場の機能、病院の機能、自衛隊の指揮所、物資の集積など、ありとあらゆる機能が集まっています。
避難者の方はまだ350名以上との張り紙もありました。

私たちは巡回する医療スタッフに同行していろいろサポートを行ったり、アリーナに隣接する医療スタッフ用の巨大テントを整備したり、
とにかく裏方のお仕事に徹していました。
たとえば、石巻市や仙台市に集まっておられる個人のボランティアの方々が、浸水した家屋の泥出し作業という過酷な作業をされていますが、
そういう直接的に被災された方に対するお仕事とは対照的です。
しかしながら、支援活動をしている方々のサポートも大切な活動であると感じました。

ある雨の日。
医療テントで医療関係者のミーティングがありました。
ちょうどそのミーティングが終わるころ、少しお声かけをさせていただいて短い時間ではありましたがお茶を楽しんでいただきました。
その時に、皆様が口々に話をされた「こんなにホッとするのは久しぶり」という言葉が忘れられません。
避難所生活を続けながら町の業務をこなすことは、本当に大変なことだと思います。そんな状態が震災後ずっと続いています。
病院関係の方の多くも同じような感じでした。

私は医療従事者ではないので、そういう方々に直接力になれるようなことはできません。
だから今回のボランティアでは、直接力になれる方々の力が存分に発揮されるような活動をしようと思いました。

これからも継続的にボランティア活動を続けられる方も多いと思いますし、
逆に現場ではなくて離れた場所で募金などの活動をされている方も多いと思います。

わずか1週間ほど現場に入っただけでは何も言える立場ではありません。

しかし強く思ったことは、現場ではそれぞれ役割を持った人が活動していますし、その活動は今後も続きます。
自衛隊のような強力な組織もあれば、個人で現場に入って地道な作業を続けておられる方々も多くいらっしゃいます。
当たり前ですが、現場での活動は現場の人にお任せするしかない。

そしてそうでない人は、もちろん現場で継続的な活動をしていない私自身も含めて、
いつも以上に一生懸命楽しく働いて、いつも以上に一生懸命楽しく余暇を過ごす。
それでいいんじゃないかと改めて思いました。

5月10日からアラスカの山に登りに行きます。
それまではガイドのお仕事もたくさんご予約をいただきました。

私は私自身に与えられた時間を一生懸命楽しく過ごしたいと思います。
そしてできる範囲で現場で、あるいは身近なところで微力ではありますが応援し続けようと思います。

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