黒部横断 序章
まだ夏の真っ盛り。立山の文部科学省登山研修所。
隣で学生たちが、今回の研修会でどこを登るのか検討している。
その横で僕たち二人は、今回の計画を練っていた。
やっぱり講師自ら楽しく山の計画を練っているところを見せなきゃ夢がないよね!
そういって話し始めた二人は、だんだん真剣になっていった。
最初はこの夏のアンデスに向けてのトレーニング、なんて考えてたけど、
計画が膨らんでいくと緊張感がどんどん高くなる。トレーニングなんて言ってられない。本気の勝負になりそうな予感があった。
黒部川を横断して黒部別山の大タテガビン第一尾根に取り付き、剣は八つ峰から越える。
自分で言うのもなんだけど、実に美しく挑戦的なライン。
でもそこがどれほど困難なものなのか。
困難であることは間違いないようだ。過去の文章を読んでいても、どれも苦闘している。しかし、実感がわかない。正直なところ、よく分からない。山が持つパワーが圧倒的で、どんなことが起こるのか、どんな状況になるのか。。。
考えれば考えるほど不安になる。そして馬鹿らしくなる。考えることをやめる。
結局のところ、行くしかないわけだ。
行って自分の五感、いや、六感で感じて「登らしてもらう」
冬の黒部ってそんなところなんじゃないだろうか。
長期間の山行に耐え、苦しみを喜びに変える術は人一倍身につけているはずだ。
あとはお山のご機嫌を伺って登らせてもらおう。
年が明けて3人で挑戦することが決定。さあ、行きますか!
2月22日
扇沢ゲート~扇沢~新越尾根~後立山稜線
入山時の荷物
久しぶりの重荷になった。たぶん35キロ。食料が多すぎた、かな?
まあ担ぐしかないか。
扇沢までは除雪された道を2時間。工事の車がどんどん抜いていって実にむなしい。
後立山の稜線が聳えている。いきなりうんざりする。真っ白だ。今日はどこまで行けるのやら。
扇沢から尾根の取り付きまではすぐだ。ワカンを装着する。
雪は思ってたよりもしまってて沈まない。でも荷物が重すぎて、空荷でのラッセルとなる。
このあと結局、全行程トップは空荷のラッセル。
セカンドはそれなりに沈むのでつらい。
こんな時はおんなじ音楽が頭の中をぐるぐる回転する。最近気に入っている曲から、小学校の時に習った歌まで。なぜだろう?突然流れ始めて一日中流れている。
行動食をほおばる時だけが唯一の楽しみ。
肩への食い込みがボディーブローのように体力を奪う。そんな時、ザックを投げ出したくなる。何でこんなことしてるのかな?
鳴沢岳付近
もううんざり
でもこの日は順調に進んで、稜線にある小屋の近くにテントを張ることができた。
稜線から黒部別山と剱岳と初めて対峙する。
率直な感想。
「うそ。まじで?あんなに遠いの?」
しかも、黒部別山。いかつすぎない?
こんな絶望感を味わうのも黒部の醍醐味なんだろう。
そしてこの絶望感は、単なる序章に過ぎないことをうすうす感じつつ、入山初日をカレーで祝う。
夜、月明かりに輝く黒部別山は、どの山よりも輝いて見えた。